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【1998年11月】ドリームキャスト発売、セガ最後の据置き型ゲーム機

ドリームキャスト
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セガ最後の据置き型ゲーム機

1998年(平成10年)11月27日に、据置き型ゲーム機『ドリームキャスト』が発売されました。

サターンのライバル機であったプレステの後継機プレステ2は2000年3月の発売ですので、ライバルに先手を打つ形で、サターンの発売から4年という短い期間での新型ゲーム機のリリースとなりました。

湯川専務

サターンでも「せがた三四郎」というCMキャラクターが大ヒットを飛ばしましたが、ドリームキャストでは「湯川専務」というCMキャラクターがまたまた大ヒット!

ただ、「せがた三四郎」は架空のキャラクターなのに対して、「湯川専務」は実在する人物。ドリームキャスト発売時の1998年に、セガの専務取締役・コンシューマ事業統括本部副統括本部長に就任されたそうです。

当時の湯川専務の人気はすさまじく、湯川専務パッケージのドリームキャストが発売されたり、湯川専務が出演したドリームキャストのCMは、第38回ACC全日本CMフェスティバルにおいて、最優秀テレビCM賞を受賞したりするほどでした。

ちなみに、この湯川専務の仕掛け人は、AKBのプロデューサーでもある秋元康氏であったりします。

もちろん、秋元氏が手掛けていた当時のアイドル「チェキッ娘」の冠番組などに、セガの広告費が使われたのは想像するにたやすいこととは思いますが、湯川専務も秋元康作詞、後藤次利作曲でCDデビューしたりしておりました。

ドリームキャスト苦戦

湯川専務のお陰で、発売前からドリームキャストに対する期待値はうなぎのぼりだったのですが、グラフィックチップの開発が遅れ、そこからソフトウェアの開発などにも影響がでてしまい、本体の供給にあわせて、多くのソフトが発売延期となってしまいました。

ドリームキャスト発売直後のクリスマス商戦を逃すのはもちろん、流行りものに敏感な層にも旬な時期に商品を供給できず、商品を触らせることができないまま飽きられてしまう形になりました。

テコ入れとして、1999年6月24日には、定価を2万9800円から1万9900円に大幅値下げを発表(中身は何も変わってないので、普通に1台売るごとに1万円の赤字)。

しかし、ドリームキャストが盛り返すことは難しく、後発のプレステ2相手に苦戦することとなり。セガは2001年1月に家庭用ゲーム機の製造から撤退することを表明しました。

ドリームキャストの売り上げ

撤退発表後、ドリームキャストは在庫分200万台が定価9900円で売り出され、最終的には日本で280万台、全世界で913万台を売り上げることになりました。

ソフトでいえば、日本で一番売れたのが『シーマン』の52万4731本。全世界で一番売れたのが『ソニックアドベンチャー』の242万本になります。

出典:WikipediaドリームキャストWikipedia湯川専務

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