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【1992年5月】サザエさんの作者、長谷川町子さん死去

長谷川町子作・サザエさん
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長谷川町子先生死去

1992年(平成4年)5月27日に漫画『サザエさん』や『いじわるばあさん』の作者、長谷川町子さんが死去されました。

長谷川町子先生は、1920年(大正9年)1月30日生まれで満72歳でした。

長谷川町子先生とサザエさん

1935年に発売された『少女倶楽部』という雑誌で漫画家デビューを果たし、1939年には初連載作品『ヒィフゥみよチャン』や『仲よし手帖』などを公開。

1944年に福岡に疎開後は、漫画家生活から離れ、西日本新聞社の絵画部に勤務。

西日本新聞社から独立したフクニチ新聞社から、長谷川町子先生に福岡の地方新聞「夕刊フクニチ」での連載が依頼され、1946年(昭和21年)4月22日より『サザエさん』の連載が始まりました。

連載当初の舞台は博多で、サザエさんは独身!そしてマスオと結婚話をもっていったん最終回を迎えました。それから約半年後に連載が再開され、掲載誌を「夕刊フクニチ」から「新夕刊」に移すタイミングで、磯野家も東京に引っ越しをしたそうです。

そこから「夕刊朝日新聞」に掲載誌を変え、1951年(昭和26年)からは「朝日新聞」の朝刊にて連載されるようになり、連載は1974年(昭和49年)まで続きました。

その他

1982年(昭和57年)に、学術芸術上の発明改良創作に関し事績著名なる者に贈られる「紫綬褒章受章」を受章。1990年(平成2年)には勲四等宝冠章を受章されており、没後には家族漫画を通じ戦後の日本社会に潤いと安らぎを与えたとして国民栄誉賞が授与されています。

遺作は1987年(昭和62年)、朝日新聞に掲載された『サザエさん旅あるき』。

長谷川町子先生は、日本初の女性プロ漫画家でもありました。

サザエさん、長谷川町子先生トリビア

先にも触れましたが、『サザエさん』連載開始当時はサザエさんが独身で舞台は福岡。

福岡市早良区西新六丁目にある「磯野広場」には「サザエさん発案の地」という記念碑がある。

波平の双子の兄、海平は福岡市在住。

長谷川町子先生は、戦時中に新聞社の仕事をしているときにスパイ容疑で逮捕されている。(仕事でスケッチしていたところにたまたま軍用基地があった)

終戦後、長谷川町子先生は、アメリカ兵から子供と勘違いされガムやチョコレートを沢山もらった。

『サザエさん』連載終了後に執筆された『サザエさんうちあけ話』は、『マー姉ちゃん』というタイトルでNHKの朝の連続テレビ小説化されている。

ドラマ『マー姉ちゃん』で長谷川町子先生をモデルにしている磯野マチ子を演じたのは、女優の田中裕子さん。

見出し画像引用:長谷川町子美術館
出展:Wikipedia-長谷川町子Wikipedia-サザエさん

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