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【1993年1月】曙が横綱に昇進、初の外国人横綱誕生

初の外国人横綱曙
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初の外国人横綱

1993年(平成5年)1月27日、大相撲の曙が横綱に昇進しました。

歴史を紐解くと、横綱という言葉が最初に出てきたのは1791年(寛政3年)だそうですが、日本相撲協会が認定している初代横綱「明石志賀之助」は、1620年代には活躍していたとされるほど歴史ある大相撲において、曙氏の横綱昇進は、その長い歴史の中で初となる外国人横綱誕生の瞬間でもありました。

いまでこそ外国人横綱というのは珍しくもありませんが、当時の大相撲の世界はどうだったのでしょう?

相撲は日本の国技というイメージから、横綱は日本人でなければだめだという風潮があったと聞きますが、曙という名前は、その名前の通り、大相撲の世界に曙(夜明け)をもたらしたのかも知れません。

横綱としての戦績

曙氏は第64代横綱。在位期間は1993年3月場所~2001年1月場所まで。

大相撲引退後は、格闘家に転身しているので、若い人にはそちらの印象があり、あまり強いと思われていないかもしれませんが、曙氏の横綱在位記録は、2017年現在で歴代6位、横綱としての在位中記録をみても432勝122敗166休、優勝8回と大相撲の歴史の中でも輝かしい成績を残しております。

横綱としての品格

当時の若貴ブームに対して、マスコミがブームを盛り上げるために曙氏をヒール役に仕立て上げたせいもあり、曙氏に対してはとっつきにくいイメージが植え付けられているかと思いますが、実際には真逆の性格らしく、

ロイター通信は「小錦以上の品格を備えていたため、タブーとされて外国生まれの横綱になれた」と評価しており、当時の横綱審議員の内館牧子氏をもって「礼儀正しさに感激しました」と言わしめるほど、曙氏は人格的にも優れていたそうです。

曙のトリビア

曙氏は1998年に行われた長野冬季オリンピックの開会式で横綱の土俵入りを演じている。

関脇時代までは点のない「曙」表記だったが、大関になってからは、天下をとったということで、普通に点のある「曙」表記になっている。

元々はホテルマンを志望していた。

1980円飲み放題の店で、チューハイをジョッキで40杯飲み、それ以来その店では力士の飲み放題を断るようになった。

大相撲引退後、プロレスなど多種格闘技に参戦しているのは、大局的に大相撲のためであり(スト2のエドモンド本田みたい)、将来はアメリカで相撲団体をつくる目標もある。

現役時代に、当時はまだ一高校球児であったマリナーズのイチロー選手を励ましていたことがある。(イチロー選手がプロになっても、曙氏本人はあの時の高校球児がイチロー選手であったことに気が付かなかった)

出展:Wikipedia-曙太郎

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