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【2005年4月】JR福知山線で脱線事故、JR史上最悪の脱線事故

JR福知山線脱線事故
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JR史上最悪の脱線事故

2005年(平成17年)4月25日に、JR西日本福知山線で脱線事故が発生し、乗客運転士合わせて死亡者107名、負傷者562名と歴史的な大惨事どなりました。

脱線した車両は5車両で、うち4車両は完全にレールからはずれ、先頭2車両は線路わきのマンションに激突し、1両目、2両目は原型をとどめない程に大破しました。

事故の原因

事故後の調査によると、ブレーキをかけるのが遅れ、制限速度時速70キロの右カーブに時速約116キロで侵入し、1両目が転倒するように脱線し、後続車両がそれに引きずられたそうです。

また、事故を起こす前から、複数の駅で停車位置をまちがえたりしていたり、予定より1分20秒遅れて出発した伊丹駅では、44メートルもオーバーランをしたりしていたそうで、単純な焦りであったり動揺などにより、ブレーキ位置を失念した可能性も指摘されています。

事故の遠因

JR西日本は、民営化以後、並走する私鉄各社との競争に勝つことばかり考え、サービスや利益ばかりを優先させ、安全対策が追い付かなかったことが、事故を起こした土壌であると考えられていますが、ダイヤが乱れたときの乗客からのクレームに恐れていたという指摘もあります。

ただ、JR西日本では、乗務員に対し、目標が守られない場合は日勤教育という名の懲罰を与えていたようで、過去にはそれが原因で自殺や鬱になった社員もいたそうです。

そして、その日勤教育については、事故が起こる前から国会においても「重大事故を起こしかねない」と追及されており、事故を起こしたのはJR西日本の体質そのものに原因があったと見ざるを得ないといったところでしょうか。

実際に国土交通省の報告書でも「日勤教育等のJR西日本の管理方法が関与したと考えられる」と報告しています。

二重事故の回避

この脱線事故では、並走する電車が接近中だったところを、近隣住民が踏切非常ボタンを押したことで、並走していた電車の運転士が異常を察し、事故現場から100メートル手前で停車することで、二重事故は回避されたそうです。

救助活動

事故後、近隣住民も多く救助活動にかけつけ、警察も例外を認め、救急車が足りない分は、トラックの荷台に人を乗せるなどして、けが人の救助にあたったそうですが、

事故車両に搭乗していたJR西日本の社員2名は、上司の命令により救助活動を一切せずに、普通に出勤したといいます。

JR西日本が起こした事故に対して、近隣住民が救助活動をして、JR西日本の社員は救助活動をせずに出勤。当然これには多くの避難が出ました。

出典:Wikipedia-JR福知山線脱線事故

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