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【1995年3月】地下鉄サリン事件発生、戦後最大級の無差別殺人行為

地下鉄サリン事件
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世界初のバイオテロが東京で発生

1995年(平成7年)3月20日午前8時頃、東京の地下鉄内で神経ガス”サリン”が使われた同時多発テロ事件が発生しました。警察庁による正式名称は「地下鉄駅構内毒物使用多数殺人事件」、一般的には「地下鉄サリン事件」と呼ばれています。

事件を起こしたのはオウム真理教。この地下鉄サリン事件は、世界初のバイオテロとなりました。

東京都を走る帝都高速度交通営団(現・東京メトロ)の丸の内線、日比谷線、千代田線の合計5編成で神経ガスサリンが撒かれ、被害者は死亡者が13人、負傷者は6300人にまでなり、戦後最大級の無差別殺人行為となり、全世界に衝撃を与えました。

事件の起きた路線

事件の起きた3月20日は月曜日で、平日朝のラッシュアワーのピーク時に発生。

実行犯は、液体のサリンが入ったビニール袋を新聞紙に包み乗車し、袋を足元に置き、降車するときに先をとがらせた傘で袋をつつき、サリンを散布したといいます。

千代田線(我孫子発、代々木上原行)では、新御茶ノ水駅直前でサリンが撒かれ、2名死亡、231人が重症を負い、

丸の内線(池袋発、荻窪行)では、同じく新御茶ノ水駅でサリンが撒かれ、1人死亡、358人が重症、

丸の内線(荻窪発、池袋行)では、四ツ谷駅でサリンが撒かれ、死者はでないものの、約200人が重症、

日比谷線(中目黒発、東部動物公園行)では、恵比寿駅でサリンが撒かれ、2人死亡、532人が重症、

日比谷線(北千住発、中目黒行)では、秋葉原駅でサリンが撒かれ、8人が死亡、2475人が重症を負いました。

事件にあった車両を洗浄する自衛隊

事件にあった車両を洗浄する自衛隊

事件発生から犯人逮捕まで

事件発生から2日後となる3月22日には、警視庁はオウム真理教に対する強制捜査を実施。教団幹部クラスの信者らが逮捕され、一部幹部の自供から事件の全容が明らかにされました。

それから約2か月後の5月16日には、教団教祖の麻原彰晃(本名・松本智津夫)が首謀者として逮捕されました。

上記で一部幹部の自供から事件の全容が明らかにされたと書きましたが、当時警視庁はオウム真理教に対する強制捜査で、サリン製造過程で使用される薬品などを発見するも、決定的な証拠を得ることはできずにいたそうです。

4月に入り、教団幹部であった人物を放置自転車窃盗の容疑で逮捕し、その幹部を取り調べ中、幹部の口から「私が地下鉄にサリンを撒いた」と自供があり、警察はオウム真理教による組織的犯行と断定したそうです。

実行犯らへの判決

東京地方裁判所は、首謀者である麻原をはじめ、サリンを散布した実行犯全員と、一部の送迎役に死刑判決を言い渡しました。

一部の送迎役を除く、他全員の送迎役は無期懲役、事件全容をつかむきっかけとなった自供をした実行犯の一人も無期懲役、サリンの製造補助をした信者は懲役刑を受けました。

ちなみに、これだけの事件を起こしておきながら、いまだ死刑執行はなされていません。

なぜ死刑が執行されないのかについては、明らかにされていませんが、漫画家の小林よしのり先生は、麻原を死刑執行することで、殉教者と祭り上げられ、神格化が強まることが一番怖いと主張されております。

事件の影響

地下鉄サリン事件を受け、全国の駅からごみ箱が撤去され、駅構内、車両などに「不審物・不審者を発見した場合は、お近くの駅係員または乗務員にお知らせ下さい」という警告文が張り出されるようになりました。

しばらくして、中身が見えるゴミ箱が設置されるようになり、事件がおきた東京メトロでも2005年4月からごみ箱が再設置されるようになりました。

オウム真理教のその後

事件により、オウム真理教は宗教法人の認証認可取り消し処分を受けましたが、現在でも”アレフ”と改組して活動を続けているそうです。

ちなみに、アレフはアメリカ国務省がテロリストグループに指定しています。

画像引用:HUFFPOST
出典:Wikipedia-地下鉄サリン事件

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